※博物館・美術館内での作品撮影は許可をいただいております。
フラッシュ禁止のため、ピンボケ写真ばかりです。ゴメンナサイ。バンベルクの次はニュルンベルクに途中下車し、ゲルマン国立博物館へ。
水曜日の夕方6時からは入場料が無料になる。
ちょうど水曜日でラッキーだった。
全部をサラっと見て回るだけでも5時間はかかると言われている博物館だが、私たちの持ち時間は2時間だけ。
今回は宗教美術に絞って見ることにした。
美術オンチの相方も、私に連れまわされているうちにすっかりリーメンシュナイダーの作品を見分けられるようになっていて、ここでは私より先に作品をみつけた。
それほどリーメンシュナイダーの作品には個性があるということだろう。
印象的なピエタ(マリアがイエスを抱き、マリアを福音書記者聖ヨハネが支えている)があったのだが、またもや撮影に失敗してしまった。
こちらは、そのすぐ横にあった作品。
作品のタイトルや説明がどこにも見当たらなかったのだが、帰国してから作品集で確認したところ、1490年の作ということが分かった。
東方三博士のひとりがイエスに贈りものをしている場面。
「東方三博士の礼拝」の主題では、老年のカスパールが黄金(王としてのキリストへの敬意の表象)、壮年のパルタザールが乳香(キリストの神性の表象)、青年のメルキオールが没薬(死体の保存に使われる…そこからキリストの死の予兆となる)をイエスに贈る。
つまり、贈り物によってイエス・キリストの未来を表しているわけだ。
本来は他に2人の博士が一緒に彫られていたことだろう。
博士のひとりが帽子を足元に置き、うやうやしく幼児イエスの腕を握っている。
イエスはまだ赤ん坊だが、堂々とした佇まいだ…「王」としてのキリスト、受肉した「神の子」キリストが表現されているのだろう。
しかし、聖母マリアの表情はやはりどこか虚ろ。
息子の死の予兆を感じとっているのかもしれない。
作品名をメモするのを忘れてしまったのだが、こちらはおそらくテューリンゲンの聖エリザベート。(違っていたらスミマセン)
テューリンゲンの聖エリザベートは病める者や貧しい者の看病や世話をした聖女で、ドイツでは圧倒的な人気を集めているようだ。
食べ物が入った籠(器?)を持っているという庶民的な(?)スタイルだが、王女らしい凛とした表情と全体に漂う気品が印象的だった。
博物館の解説には「リーメンシュナイダー作と考えられていたが、現在では工房作という見解である。」と書かれていたと記憶している。(うろ覚え〜。違っていたら、これまたスミマセン。)
さて、帰り際に図録を買おうと思ったのだが、肝心のミュージアムショップが見つからない。
館員さんに場所を聞くと、片眉をヒョイと上げて無言で後方を指さした…ミュージアムショップはリノベーション中であった(涙)
あれだけ場所に余裕があるんだから特設スペースを設けて、せめて絵葉書くらい売ってくれればいいのに…という考えは日本的発想か?
★★★ミュンヘンのホテルに着いたのは夜11時過ぎだった。
頭がズキズキ痛むし、脚も悲鳴を上げていたが、翌日どうしても行きたい場所があった。
バイエルン国立博物館。
ここには私が見たいと切望していた1400年ごろの作者不詳のピエタ(後日紹介します)、そしてリーメンシュナイダーの作品がある。
今回はアルテピナコテークを諦めて、そちらに行く。
シャワー後、脚にはサロンパスを大量に貼り、鎮痛剤を飲んでからすぐに床についた。
バイエルン国立博物館は見事にガラガラで、ほぼ貸切状態であった…。
宗教美術のコレクションが素晴らしく感動の嵐だったのだが、観光客にはちょっと行きにくいロケーションかもしれない。
しかし、ここはミュンヘンに行くなら「超オススメ」の場所。
これまで来なかったことを後悔した。
以下は私がガンガンの頭&ヨチヨチ歩きで見てきた作品の一部。(執念です。)
「恵みの座」 1500年頃の工房作。
父なる神が死せるキリストを抱きかかえている。
一見 聖母が死せるイエスを抱き抱える「ピエタ」と似ているようで、実はまったく似ていない。
おそらくは聖三位一体を示すもので、聖霊を示す鳩が一緒に彫られていたのではないかと思う。
キリストの弓なりに反った体のラインが、キリストの受けた試練の観想へと導く。
「この大祭司
(※イエス・キリストのこと)は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。
だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。」(「ヘブライ人への手紙」より)
「シモンの家で食事をするキリスト」 1490年ー1492年の作品。
新約聖書のなかでも、特に美しい場面のひとつ。
ファリサイ人シモンの家でキリストが食事を取っていると、そこに罪の女(娼婦)が香油壺を持って入ってきた。
彼女はイエスの足もとに近寄り、涙でその足を濡らす。
そして彼女の長い髪でイエスの足を拭き、接吻して高価な香油を注いだ。
家は香油の香りでいっぱいになった。
そこにいた何人かは彼女を「なぜこんな無駄遣いをするのか、なぜこの香油を売って貧しい人々に施さなかったのか」と責め、また、罪深い女をするままにさせておくイエスに疑問を持った。
イエスは言った。
「するままにさせておきなさい。なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるから、したいときに良いことをしてやれる。しかし、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はできるかぎりのことをした。つまり、前もってわたしの体に香油を注ぎ、埋葬の準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、福音が宣べ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」 (「マルコによる福音書」より)
伝統的にこの女性は「マグダラの聖マリア」と同一視されてきた。
マグダラのマリアのアトリビュート(エンブレム)が香油壺であるのはこれに由来する。
リーメンシュナイダーがレリーフで表現したこの場面は感動的。
彼女を責める人々、それを静止し、彼女の罪を許すイエス・キリストの手、豊かな髪でイエスの足にそそがれた涙を拭うマグダラのマリア。
「悲しむ婦人たちと福音書記者聖ヨハネ」 1485年以降
十字架を囲むイエスに近しい人々。
聖母を支え十字架を見上げる聖ヨハネ、静かな悲しみの表情を浮かべる婦人たち。
やはり悲しみの表現において、リーメンシュナイダーはその才能を最も発揮する。
「聖セバスティアン」 1490年-1492年
「いかにもリーメンシュナイダー」な聖セバスティアン。
流れるような髪と衣の表現が劇的。
憂いのある表情、肋骨や手や足の筋や浮いた血管までもが、このストイックな―しかし同時にエロティズムを湛えた―美をこの聖像に与えている。
「聖アフラ」 1499年-1500年
この柔和な表情の聖女は、元はアウグスブルクの娼婦であった。
迫害から逃れた司教により回心し、キリスト教徒になったという。
この像には彼女のアトリビュートが彫られてないが、木に括りつけられて火刑に処させる姿が一般的。
目の下の皺が彼女の生きてきた道程を表しているかのようで、心惹かれる。
「マグダラの聖マリア」 1490年-1492年
香油壺を持った美しいマグダラのマリアに見慣れている人にはギョッとする姿かもしれない。(前述の「シモンの家で食事をするキリスト」は同じ祭壇の左翼パネルである。)
全身を彼女の長い髪が覆っている。
この細かい髪の一筋一筋が丁寧に彫られているのだ!
これは「悔悛のマグダラのマリア」を表すスタイルで、半生を苦行のうちに終えた「エジプトのマリア」の姿とよく似ている。
周囲に天使たちが飛んでいることから、サント・ボームの庵で厳しい苦行を続けたマグダラのマリアの被昇天の場面ではないかと思う。
断食と苦行によって研ぎ澄まされた彼女の晩年における高い境地と呼ぶべきものが、その達観した表情に見てとれるような気がする。
★★★さて、リーメンシュナイダーについては今回で終わり。
日本に帰ってきてからデジカメの写真をPCの画面で見て、愕然とした。
あまりのピンボケっぷりにトホホである。
そんなわけで皆様にはリーメンシュナイダーの魅力がいかほど伝わったかどうか疑問ですが、私の心にはハッキリとその姿が残っています。
ああ、この映像をそのまま皆様にお伝えできるならば!(エスパーじゃなきゃムリ 笑)
ここまでお付き合いいただき、有難うございました。
参考文献:Tilman Riemenschneider und seine Werkstatt★★★
何か感じていただけましたか。