「あなたにとって至福のときとは?」
そんな質問をされたら、今の季節なら迷わず「炬燵でうとうとしながらバロック音楽を聴いているとき」と答えると思います。
炬燵に入る際に掛けるのは、主にモンテヴェルディ、 A・スカルラッティ、ヴィヴァルディ、ペルゴレージといったイタリアの作曲家たち。
なかでもヴィヴァルディの宗教声楽曲がいい。
私の場合 炬燵の必需品といえば「みかんと猫」ではなく、ヴィヴァルディなのです。
炬燵でまどろんでいるときの恍惚感―まるでゆっくりと天に引き上げられるような、じわじわとやって来る陶酔感―は、ヴィヴァルディの音楽によって呼び起こされる感覚に極めて近い。
私は眼を開けたまま夢をみているような人間であるが(アブナイひとではないんで(笑)、さすがに仕事中は切り替えてますよ…)、炬燵でのまどろみのなかで思い浮かべるのは、バロック建築の天空を模した天井に描かれた、小さな天使たちが乱舞するような光景ではなく、ウイリアム・ブレイクの水彩画や彩色版画に描かれた深遠なるヴィジョン…。
ヴィヴァルディのなかでも特に魅かれるのは、「ニシ・ドミヌス」 (Nisi Dominus:主が家を建てられるのでなければ 【詩篇126(※)都に上る歌 ソロモンの詩】)。
意識して集めたわけではないのだけど、気が付いてみるとこの曲のCDを何枚も持っていたりします。
せっかくなので(?)、よく聴くものをあらためて比較してみたいと思います。
★アンドレアス・ショル(カウンターテナー)
オーストラリア・ブランデンブルク・オーケストラ
第1曲の疾走感は、翼のついたサンダルで軽々と空を飛ぶヘルメスのよう。
(なんだか宗教曲には相応しくない表現ですけど^^;)
全体的に緩急のつけ方が巧みで、実にスリリング。
瑕疵のない、ショルの完璧な歌声には参りました。
★テレサ・ベルガンサ(メゾソプラノ)
イングリッシュ・チェンバー・オーケストラ
ベルガンサの卓越した歌唱技術が生んだ威厳と気品に圧倒される。
正座して聴かなくては!…という気にさせる演奏です。炬燵の中ですが…。
★ヨッヘン・コヴァルスキ(カウンターテナー)
コンセルトヘボウ・チェンバー・オーケストラ
平安、安寧…そんな言葉が浮かぶコヴァルスキの伸びやかで安定した歌声。
オーソドックスな演奏で安心感があります。
これを聴いているときはα波がガンガン出ているのが自分でもよく分かります。
★ヴィヤチェスラフ・カガン-パレイ(スラヴァ)(カウンターテナー)
'ヴィヴァルディ' チェンバー・オーケストラ
この抗いがたい魅力…。
スラヴァは巧い歌手ではないと思いますが、この稀有な声質は神秘的で、時には蠢惑的でさえあります。
彼の深い声はこの曲との相性がいいようです。
そしてまた、炬燵のなかの法悦を求めてうたた寝し、
今年5度目の風邪をひきました。※詩篇126という番号は、聖ヒエロニムスによってラテン語に翻訳された「ウルガタ版(普及版)聖書」での番号であって、「新共同約聖書」では127にあたる。■本日の音楽
「ヴィヴァルディ:ニシ・ドミヌス RV608 」
アンドレアス・ショル オーストラリア・ブランデンブルク・オーケストラ
上述の通り。棺に入れてほしいと思う一枚。
■本日の絵画
「天使たちに守られる墓のなかのキリスト」 ウイリアム・ブレイク 1805
十字架上で人間の罪を贖い、墓に納められた「死せるキリスト」。
磔刑の3日後に、死に対する勝利たる「復活」を迎えるが、今はまだその時ではない。
マリア(マグダラのマリア)は墓の外に立って泣いていた。
泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、イエスの遺体の置いてあったところに、白い衣を着た二人の天使が見えた。
一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。
(ヨハネによる福音書 20:11-12)
ブレイクはロンドン生まれの幻視家。画家にして詩人。
幼少の頃から強い幻視力を示し、神の姿や木に天使が群れているさまを視たといいます。
その独特の芸術は、ほかの誰のそれにも似ていません。
彼の作品は、ラファエロ前派や、大江健三郎、アン・ライス、トマス・ハリスといった作家たちにインスピレーションを与えていますので、親しみを持っておられるかたも多いでしょう。
ブレイクは、キリストを守る2人の天使のイメージを旧約聖書の「出エジプト記」における記述から導き出しました。
それはシナイ山で神が預言者モーセに命じたことのひとつで「金で二つのケルビム(智天使)を作り、互いに向かい合って恵みの座を見下ろし、翼が金の蓋を覆うようにしなければならない。」…という部分です。(※)
前述の「ヨハネによる福音書」のイメージと重なりますね。
シナイ山での神との契約(旧い契約)と、人間の罪を贖い 死して復活したイエスにより成立したキリスト教(新しい契約)の、予型論的な呼応をこの作品に示したのです。
予型論とは、新約聖書での事象が予め旧約聖書の中にあらわされているという考え方をいいます。
亜麻布を巻かれ横たわるキリストの上に天使がシンメトリーに配置され、三位一体(「その視線の先は・・・」の※2)を想起させる三角形をかたちづくっています。
また、三角形の底辺を「地上」、頂点を「天上」とする捉え方もあるでしょう。
こうした構成に加え、無彩色に近いほどに淡く抑えられた色調と穏やかな光の表現が、その神秘性を高める清澄とした静けさをこの作品に与えています。
劇的な「復活」へと導く、静邃なる前奏曲。
※出エジプト記 25:18-20
ヘブライ人への手紙 9:5、列王記I 6:23-28にも同様の記述がある。