2008年11月19日

抱えているもの

「母と子」 ユリウス・エクステル 1893-1894年

(「母と子」 ユリウス・エクステル 1893-1894年)


腰をかがめて、ひとつ包みに手を伸ばすたびに、
腕や膝から、別の包みが落ちてしまう
そして、荷物の山が崩れそうになる
ボトルもパンも、全部一度にもとうと思うのが難しすぎる
それでも、ひとつとして置いていこうとは思わない
全部をもって、腕と心と、必要であれば心臓でつかむ
胸の高さで、積み上げた荷のバランスを一生懸命にとる
荷物が崩れ落ちるのを防ごうと、私はしゃがみこむ
そして、ちらばった荷物のまっただなかに座りこんでしまう
道で、腕いっぱい落としてくるべきだったのだ
そしてもっと良い道に、それらを積もうとすべきだったのだ

―ロバート・フロスト「腕いっぱい」
(「人生に必要な荷物 いらない荷物」より引用)

★★★

エクステルは、シュトゥックと同じ、ミュンヘン分離派の画家です。
ドイツで画集をゲットしてきました。ふふふ…

★★★

記念すべき200回目の投稿なんですが…空気が重いぞ(笑)
朝からひどい虚無感に襲われています。
自分の人生というカバンの入れ替え作業(棚卸)に本気で取り組む必要がありそうです。
なんだかそんな気がするのです。

明日は、お茶の水に画材を買いに行こう。
そして神田教会に行ってこよう。

★★★

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posted by Fu Shusei | Comment(12) | TrackBack(0) | 芸術的呟き
この記事へのコメント
記念すべき200回目の投稿!x200 おめでとう♪x∞

食欲はありますか(笑) 旅の疲れがおでになったのではないですか?
甘酒なんか、身体が温まりそうですけれど、お嫌いですか?
スーパーで酒粕うってました。キビ糖で甘くすると美味しいですよ♪ 少し茶色くなりますけれど…(笑)
Posted by 追夢人(ついむと) at 2008年11月19日
★追夢人さん★


>おめでとう♪x∞

無限大マークつきで(笑)ありがとうございます。

食欲だけは減らないのです。
昔は何かあるとすぐに食べられなくなったものですが、今は逆に食べてしまいます。

酒粕ですか、懐かしいですね。
子供のころ母がよく作ってくれました。
酒豪の父に似て、私も相当の酒好きでした。
でも20代のうちに人生で飲む量を全部飲みつくしてしまったのでしょう。
7年ほど前からお酒を飲むと具合が悪くなるようになりました。
4年半前それが病気に起因していることがわかり、お酒は禁忌ということで、
それ以来飲むのをやめました。
不思議とあんなに好きだったお酒も、ひとが目の前で飲んでいても飲まないでいるのが辛いと思わなくなりました。
今は別の病気でお酒との併用が絶対にダメな薬を飲んでいますが、いきなり酒やめろといわれていたら、さぞ辛かったことでしょう。
この薬を飲むために事前に準備がなされていたようで、面白いもんだなぁ、と思っています。
Posted by Fu Shusei at 2008年11月20日
最近、大事なものは抱えるんじゃなくて
近くにあるから
手放しても平気なんじゃないかって
思うようになりました

荷物は嫌いです
手ぶらで旅がしたい。
でも何故手ぶらかって、
次のものを手に入れたいから
手ぶらが良いと思うのかも。
ならば
抱えることは停滞かもしれず。

イヤでイヤで
捨てるのに
ずっとついてくるものが
夜道のお月様のように
あるような気がするんだよ
Posted by メロ at 2008年11月21日
メロさんに共鳴。
わたしは過去、3年の間に4回の転居を余儀なくされて、
その時ほど荷物は嫌いだと思ったことはないです。
それなのに結局いろいろなものが増えていく。

どんなに大事に抱えていても、
自分が抱えるべきものではないと、
容赦なく剥ぎ取られていく。
空の手にされることもありますね。

月は自分で光を発していないのに、
わたしたち地球の背中の光を反射し地上に注ぐ。
そういえば、この1年月を眺めることも忘れてた。
月明かりは美しいです。
夜道のお月様が守護のまなざしでありますように+
Posted by acqua at 2008年11月23日
★メロちゃん & acqua姉さん★

子供のころから整理整頓や管理が苦手です。
かばんでもタンスでも食糧庫でも「大きいもの」を買って、とにかくなんでも使えそうなものとか大事そうなものは「放り込んで」しまいます。
そのくせ何を入れたかはすぐ忘れちゃう。
たとえばカバンに飴玉を入れておいたことを忘れて、3か月くらい経ってから発見したりする。
もう外の包みとくっついちゃって食べれない状態のものを。
そのとき思うんです、ああちゃんと覚えてれば あのときお母さんが「飴ない?」って言ったときに渡してあげられたのにって。
冷蔵庫や食糧庫も しばらくして大量に賞味期限切れの乾物や缶詰などを発見したときに、「一日に一度の食事すらできない人たちもいるのに、なんて勿体ないことをしたんだろう」って後悔する。
大事だと思っていたものを結局無駄にしている。

「生き方」も同じで。
あまりに多くのものを抱えすぎて、自分でマネッジできない状態になってる。
人間関係とか人生の目標とかしがらみとかこだわりとか。もちろん物質的なものも含めて。
これは大きすぎるカバンに多すぎる量のものを自分で把握しきれないほど詰め込んでるからだって、ようやく気付いた。
私は器用に生きていける人じゃないし、キャパシティもせまい。

だから一度カバンから全部出して、これからの人生でいるものといらないもの、そしてあたらしく入れ足すべきものを考えて整理することにしました。
カバン自体、もうちょっと小さくする。無理して大きなトートバッグを持つ必要はないんですよね。
入りきれない分と、どうしたらいいか分からない分は、メロちゃんの云うとおり近くの目にみえるところに置くこととして。

お月さま、見ること自体を忘れないようにしよう…
Posted by Fu Shusei at 2008年11月23日
一度空にして
いるものだけを並べてみる
ゆっくり入る大きさのカバンを
それから用意する

無理に小さくしないで
でも持ちやすい大きさで
二つにしないと入らないより
ひとつなら空いた手で花が摘める

それでもはみ出ちゃうものは
きっとカバンに入りたくないんだ

きっとそうだ
Posted by acqua at 2008年11月27日
★acqua姉さん★

考えグセとか思い込みがいかに自分にとって荷物になってきたかってやっとわかってきたところです。

クローゼット整理の件 ほんとにうれしくてうれしくて母に何度も御礼を言ったら、大したことしてないのに、なんでそこまで感謝感激されるのかわからないよ・・・という反応をされました。

子供のころかから人に頼んだり、甘えたりするのが苦手で(相手の負担になるんじゃないかと思って)いつも一人で抱えて結局玉砕していたのだけど、意外と甘えられる側にとっては負担でも何でもないことだったりするのだなって。

手が片方空いたら、花もつめるし、誰かの手を握ってあげることもできますものね。
Posted by Fu Shusei at 2008年11月28日
天使堂に行く時はいつも、額絵やらフィギュアやら掃除道具やら荷物で膨らんだ大きなバッグを両脇に抱えて電車とバスを乗り継がねばなりません。伊豆高原の駅前スパーで買出しをして食料を入れたビニールの大袋が更に2つ加わって、それはもう大変です。我ながら何をしているのか!と思います。でも身軽で行った時はなぜか罪悪感に囚われる貧乏性なのです(爆)
Posted by 追夢人(ついむと) at 2008年11月28日
★追夢人さん★

もももももしかして私も
究極の貧乏性 ????
(爆爆爆)
Posted by Fu Shusei at 2008年11月28日
お役に立てるってうれしいと思うナリ。
その前に、片付けができたってすごい変化だよね〜
もっと自分褒めていいと思う(^^)
きょうはさっそくいただいたカットソーで営業同行したよ♪
Posted by acqua at 2008年11月29日
関係ないけど

最近セバスチャンと遊んでる?
瞑想にはいっちゃったみたい(笑)
Posted by acqua at 2008年11月29日
★acqua姉さん★

とりあえず早朝布団から出られるようになったことは、今朝のミサ(C神父様♪)に行けたことで証明されました(笑)
でも土曜朝から左瞼のぴくぴくが止まらない!
薬の副作用なのかなぁ。

>カットソーで営業同行したよ♪

使っていただけてうれしいです♪
こちらもワンピ ジャストサイズでした(これ以上太らないための目安にします 爆)

セバスチャンとは週一くらいしか遊んでないです。
やさぐれてました?
昨日は変な俳句を二句よんでくれましたよ。
Posted by Fu Shusei at 2008年12月01日
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