次にミヒャエル(ミカエル)教会に向かった。
かのルートヴィッヒII世が眠っている教会である。
外壁には見事な大天使ミカエル像がある。
前回訪れた時間が遅すぎて写真撮影に失敗したので今回は暗くなる前に訪ねたのだが、外壁工事中だった…残念。
天使の聖水盤。
右手の人差し指と中指を聖水に浸し、十字架のしるしをする。

神へ下りてゆくことは難しい けれどもやってごらんなさい
あなたはあなたの空ろな甕(かめ)をもって やっと下りてゆく
すると突然 あなたが子供であり 少女(おとめ)であり 女であったことが―
それだけで十分に 限りなく神を満足させるのだ
神は水だ あなたはただ浄らかな
皿のかたちをつくって 両手をさしだしておいでなさい
そしてあなたがその上に跪くと―神は溢れ こぼれ
あなたのどんな把握をさえ超えたものとなるだろう
―ライナー・マリーア・リルケ
「ロッテ・ビーリッツのために」 富士川英郎 訳

この聖像はペーター(ペトロ)教会内に安置されていたものだったと思う。
「十字架の道行」第四留に当たる場面だろうか。
見ていて胸が痛くなった。
イエスに向けられた人々のあざけりと憎しみを、マリアも受けます。
神の子の母が今、大罪人の母としてはずかしめにさらされています。
母マリアはわが子の苦難を受けとめ、「おことばどおり、なりますように」と神のみ手にすべてをゆだねました。
―主イエス・キリスト、あなたはともに苦しむ母マリアを見て、胸が裂けるような思いをなさいました。
聖母は御子の受難の神秘に心を合わせて、この苦しみを耐え抜きました。
わたしたちも、悲しみのなかでも新しい恵みの世界への希望をもち続けることができますように。―
「十字架の道行」第四留より
★★★


両手を差し出せばその中にこぼれ溢れ
どんな把握も超える
って素晴らしいね
私の理解では
神はeverywhereで
そう
どんな把握も超えてるの
ただ私が素のままで
私を認めたとたんに
溢れ出てくれるような
気がするんだ
それがとても難しいことなんだけど
しなやかな指の仕草と手の造形がいいです♪
リルケのことばからはヴィジョンが見える。
彼の紡ぐことばから生まれる芳醇なイメージを前にすると、いつも私は跪きたい気持ちになる…。
心が震えます。
>それがとても難しいことなんだけど
そうなの。
裸になって自分のみにくいところもよわいところも(もちろん美しい部分も)すべて捧げる気持ちになれれば、あふれて出てくるもの…だけど、そのストリップが難しいわけさ。
23年もの間、私が一番苦しんだのは、まさにその点だったのでした。
記憶が正しければ等身大サイズだったと思います。
>しなやかな指の仕草と手の造形がいいです♪
そうなんです!
腕と手に惚れました!
肉感的で「命」を感じます。
ぷくっとした手の、なんと柔らかく暖かいことか!
バロック期の作だと思いますけれど、一体これまで総計何億人(もっと?)の人々がこの天使の差し出す聖水に指を浸し十字を切ってきたのだろうか・・・と想像するだけで、違う世界に飛んで行ってしまう私です。
そしてデカイ!!
ワタシなら思わずペットボトルで
聖水を持ち逃げしたことでしょう(笑)
待降節だね〜♪
Fuたんはもうツリー出したかなぁ?
ペットボトル(笑)
けっこうずっと取り替えてないだろうなーってくらい聖水がバッチクなっている教会もあったよ(爆)
私が指を浸すたびに相方が「ばっちい!」と言っていた・・・。
待降節ですね。
ツリーは持ってないの。
マンションの目の前の全然モミの木っぽくない木にイルミネーションが飾られて、強引にツリーにされてるよ(笑)
賑やかなクリスマスソングとド派手な電飾はどうも苦手です。
この時期は聖歌とキャンドルの灯火だけで静かに過ごしたいと思っている私は、ひねくれ者かなぁ。
ちょうど舞茸があるので早速明日作る〜♪
オイスターソースは万能だよね。
手抜きと題しているとおり
レシピ自体も手抜きです(爆)
ジャガイモ加熱1分半だと硬すぎるかも。
もう10年近く放置しているから
パスワードも分からず 訂正できない
適当に作ってみてね(^。^)
醤油がなくても生きていけるけど
オイスターソースなしでは生きていけません。