年末のバタバタで、喘息をコントロールするための吸入ステロイド剤と気管支拡張剤を、病院に貰いに行くのを失念してしまいました。
薬が切れそうなことに気づいたときには既に遅く、病院は年末年始のお休みに突入済み・・・_| ̄|○ ・・・。
これらの薬は、気道の慢性炎症により気管支が閉塞して呼吸が苦しくなってしまう喘息患者の生活には欠かせないものです。
とはいえ、最近は大きな発作は起きていないし、病院が再開するまでの数日くらいはなんとか乗り切れるだろうと軽く考えていたのですが、これが実に甘い考えだったと後になって思い知ることになるのでした。
薬を切らして4日が過ぎた頃から息苦しさを感じるようになっていたのだけれど、あまり気にせず、ショッピングセンターに食材の買い物に出かけました。
ところが、帰りの無料送迎バスで隣りに座った男性 ―おそらくはヘヴィスモーカーで、バスに乗る直前まで煙草を吸っていたと思われる― の体から発される強烈な煙草臭で、息苦しさが一気に激しくなり、喘鳴(ヒューヒューゼーゼーする音)が出るようになってしまいました。
バスは超満員で席を移動することもできず、駅までは止まらないし・・・というわけで、とても苦しい状態でバスから降りたのでした。
そしてこの翌日には、ここ10年ほどで最も大型であるという爆弾低気圧が日本列島を襲いました・・・気圧や気温の急激な変化があると、発作は格段に起こりやすくなります。
この日は、病院のお休みが明ける日。
暴風雨のなか息切れしつつ病院に行ったのですが、薬剤師さんに 年末に薬を取りに来なかったことについて強い語調で叱られました。
意図的にサボってたわけじゃないんだけどな〜と思いつつも、こういったお小言も心配の裏返しであり・・・他者からの「無償の思い遣り」であると感じられて・・・心にポッと暖かいものが灯るような気持ちになりました。
発作を起こしているときは、夜から朝方にかけてが特に辛い。
小さな空間に押し込められているような閉塞感と、胸の上に子泣きじじいが乗っかっているんじゃないか?と思うような圧迫感。
美しく言うならば、フュースリの「夢魔」みたいな感じでしょうか。(夢魔が乗ってるのは、胸じゃなくてお腹だけど。)
こういうときはいつも、自己管理の甘さや自分の不甲斐なさが情けなく 自己嫌悪に陥ったり、肺癌の苦しい息の下で亡くなった父親のことを「もっと苦しかったんだろうな」などと思い出して哀しくなったり・・・と、あまりポジティブとは言えない気分になる・・・。
けれど、そんな混乱した頭の中にいつも浮かび上がってくる一枚の絵があり、その絵によって私は励まされ、落ち込んだ気分を恢復することができるのです。
それは、 ジョージ・フレデリック・ワッツの「希望」・・・複数の評論家から、「希望」ではなくむしろ「絶望」と呼んだほうがいいのではないか、と評された作品・・・。
今にも崩れ落ちそうな風情で、水に沈みかけた球体の上で盲目の楽師が弦が一本しか残っていない竪琴を抱き、爪弾いている。
色調も暗鬱で、絶望的な状況を表現した絵のようにも思えるけれど、その残された一本の弦から生まれるに違いない美しい音は、確かに「希望」の象徴なのだ、と思います。
辛いときにはいつもこの絵が心の何処からか浮かび上がってくる・・・何故なのかよく分からないのだけれど、これこそが優れた芸術作品だけが持ちえる特性であり、見るものの心に投射する、作品からの「無償の思い遣り」なのかもしれない・・・などと考えたりするのでした。
■本日の絵画
「希望」 ジョージ・フレデリック・ワッツ 1897
ワッツはイギリスの寓意画家。
さまざまな象徴と寓意を駆使した絵画のほかに、優れた彫刻作品なども多数残していますが、古くから日本でよく知られているのは何といってもこの作品です。
「希望」か、「絶望」か。
あなたはどう感じますか・・・?




Fu Shuseiさんからの問いかけは2枚目ですが...
「絶望」には見えませんね。
「ワラにもすがる」という表現がありますが、すがるものがあるうちはまだ、何か打つ手がある!
そんな気がします。
僕は何度か絶望感を味わったことがあります。
自分の力では、あるいは誰の手を借りてもどうすることも出来ない喪失感などを。
そんな時は何も手に付かないし、何も考えられないものです。
それでは「希望」か?と問われるとこれまた微妙で、「何か愛おしい想いを抱いている人」というのが僕の印象ですね。
絵画は音楽と同じで、観聴きするタイミングで印象は大きく変わって来ますよね。
なので、今回の印象は、と言うべきかも(^^;;;
すいません、いや、吸います。たばこ。
僕も本当は吸ってはいけない身体でーす。
もしも、万が一、お逢い出来る機会があったら、禁煙しておかないといけませんね(><;;;
空飛ぶイノシシ、mixiで欲しいという仲良しさんがいらっしゃって額縁に飾りたいそうです(汗
こんばんわ♪
>「ワラにもすがる」という表現がありますが、すがるものがあるうちはまだ、何か打つ手がある!
私もそう思います。
すがるものさえなくなってしまったときの喪失感を考えると恐ろしい・・・。
自分の人生を振り返ると、いつもすがるものとして、文学や芸術があったと思います。
そういう意味では、本当の「絶望」的な状況にはまだ対等したことがないのかもしれませんね。
>それでは「希望」か?と問われるとこれまた微妙で、「何か愛おしい想いを抱いている人」というのが僕の印象ですね。
なるほど!言われていればまさにそんな感じです。
楽師が抱いている、いとおしい想い・・・それ自体が「希望」なのではないかと思えてきました。
そしてこの「希望」の弦から生まれる音はきっと明るく澄んだ響きにちがいないのではないか・・・と。
>すいません、いや、吸います。たばこ。
僕も本当は吸ってはいけない身体でーす。
あ、ダジャレ!(気づくのに、3秒ほどかかりました^^;)
私もほんの一時期ですが喫煙していたことがありますので、喫煙者の気持ちも分かりますし、マナーを守って副流煙に配慮してもらえれば、吸う吸わないはその方ご本人の問題だと考えています。
自分の大切な人たちには喫煙をやめてほしいという思いもありますが・・・。
喫煙が「ゆるやかな自殺」であることには変わりありませんから・・・父の肺癌も長年の喫煙が原因でしたし、祖父もそうでした。
かならずしもそういった病気になるとは限りませんが、最期まで苦しみ続けた姿を傍で見てきた人間としては、どうしてもそういう思いを抱かざるを得ないです。。。
>空飛ぶイノシシ、mixiで欲しいという仲良しさんがいらっしゃって額縁に飾りたいそうです(汗
ヴァーチャル額縁?それとも本物の額縁なんでしょうかね?
WEB素材として解像度を低くして作っているので、プリントアウトすると「ぼや〜ん」としちゃうかもしれませんね〜^^;
何故か涙がでてきました
絶望の中に立った一本だけ残った希望
とある映画を思い出しつつ
しばらくぼぉっとしました
こんばんわ!
>何故か涙がでてきました
魂に直接訴えてくるような感覚ってありますよね。
私はこれを「形而上的ふるえ」と呼んでいます。
>とある映画を思い出しつつ
何の映画でしょう〜(^_^)
私は、「タイタニック」の1シーンを思い浮かべます。
ローズへの愛を胸に、暗く冷たい海に浮かぶ蒼ざめたジャックの姿を。
・・・う、涙でそう・・・今BGMがヨハネ受難曲だったりして・・・余計胸にグッとくる・・・。
ヒラメキました。
次の記事では海の絵を取り上げます。
やっぱりこの時期は喘息になりかけなので
マスクは一応してますが
吸入やピークフローはサボる事があるけど
あは^^;
またTBしますね〜
こんばんわ、ご訪問有難うございます♪
>マスクは一応してますが
そうですよねぇ^^;
今日のコーディネイトに新造人間キャシャーンマスク(立体マスクのことです 笑)は許せないわ!と思って付けていかなかった私の大失敗でした・・・。
あれから反省してちゃんとマスクしてます(^_^)
>吸入やピークフローはサボる事があるけど
ピークフローを忘れると吸入も忘れます^^;
もっとひどいときは、吸入したことを忘れて、もう一回やっているらしいです。
らしいです、というのは、一緒に封を開けたはずのセレベントとフルタイドの残数の目盛が最後に違ってきてるから・・・です(汗)
ちゃんと管理しなくちゃ!ですね。今回のことで懲りました〜。
今日のピークフロー値は310-360。悪天候のわりに元気です。
mizuさんもお大事になさってくださいね(^^)
ですv
「希望だ!」というのが印象的で
「タイタニック」は泣きました(><)
しかもあの映画何気に名画や、画家の名前がでてきますよね